はじめに
日本のものづくり産業を支える「機械業界」は、古くから自動車・建設機械・工作機械など多様な分野で世界トップクラスの技術を磨いてきました。しかし近年は、グローバル競争の激化や国内需要の伸び悩み、新興国企業の台頭、さらにAIやIoT・DXへの対応など、大きな環境変化が相次ぎ、ビジネスモデルや事業領域の再編・転換が迫られています。
こうした状況下で、機械業界各社は競争力強化や新技術獲得、事業の絞り込み・拡大などを目的に、M&A(合併・買収)や資本業務提携を活発に行っています。本記事では、実際に公表された最近のM&A事例を網羅しつつ、それぞれの案件が狙うシナジー(相乗効果)や背景を整理します。併せて、こうした動きが今後の機械業界にどのような変化をもたらすのか、注意すべき課題は何かなどを考察します。読みやすさを重視し、できるだけセクションごとにポイントをまとめましたので、ぜひご一読ください。
第1章:機械業界を取り巻く環境変化とM&Aの意義
1-1. グローバル競争の激化
- 需要構造の変化
日本市場では少子化や人口減少もあって設備投資需要が頭打ち傾向。一方、アジアやアフリカなど新興国では社会基盤整備や産業発展が見込まれ、そこにいち早く参入して優位性を築きたい企業が増えています。 - 技術革新のスピードアップ
AIやIoT、自動化・省人化関連技術が急速に進み、高度なソリューションを提供できるか否かが競争力を左右。大手だけでなく、中堅・ベンチャーでも独自技術を武器にグローバル企業へ発展するケースがあり、国内外の競合との戦いがますます激しくなっています。
1-2. M&Aが果たす役割
- 事業領域・技術の補完・拡大
企業単独では時間とコストがかかる技術開発や市場参入を、M&Aによって短期間で実現。買収先が保有する特許や顧客基盤を獲得できます。 - 海外展開の加速
既に海外に拠点をもつ企業を買収することで、現地販売網・生産拠点をスピーディーに手にできる。新興国・欧米市場へのアクセス強化にも大きく寄与。 - 再編と選択と集中
成長が見込めない事業を売却・分割して、成長領域に経営資源を振り向ける動きが活発。上場廃止(非公開化)や親子上場解消も増え、経営の意思決定を機動的に行うケースが目立ちます。
1-3. 本稿の狙い
- ここから、実例を元に「機械業界M&Aの最新事例」をセクションごとに整理し、背景や特徴をわかりやすくご紹介します。
- 具体的な案件を列挙するだけでなく、シナジーやメリット・課題を考察し、最後にまとめと展望を示します。
第2章:機械レンタル・リース事業の拡大と地域戦略
機械レンタル・リースは、国内でも建設需要やインフラ老朽化対応などで需要が安定しており、さらに専門知識が必要な分野として寡占化が進みやすい傾向があります。複数の事例を挙げます。
2-1. タカミヤ<2445>による日建リース子会社化(2025年1月)
- 概要
建築・土木用仮設機材レンタル大手タカミヤが、日建リース(広島市)を取得。日建リースは1979年設立で、広島県内有数の機材供給拠点を持ち、中国地方を軸に事業展開してきました。 - 目的・背景
タカミヤは中国地方で強固な顧客基盤をもつ日建リースを傘下に収めることで地域戦略を加速。もともと機材センターの一部を賃借する関係があったため、社内の連携を深める狙いも。 - シナジー
- 拠点の共同利用による物流コスト削減
- 地域の取引先との関係強化
- 仮設機材だけでなく、建設用機械のレンタル分野でも協力が期待
2-2. ワキタ<8125>の日東レンタル子会社化(2024年9月)
- 概要
全国的に建機レンタルを展開するワキタが、栃木県の日東レンタルを株式の90%取得。日東レンタルはトラック・ダンプのレンタルを得意とし、北関東地域を基盤とする。 - 狙い
ワキタは北関東エリアで既存拠点を持っているが、さらに日東レンタルを加えることで営業力が増し、地域インフラ需要の取り込みに弾みがつく。 - メリット
- ワキタ:ネットワーク拡充・小回りの利く営業展開
- 日東レンタル:大手グループの仕入れ力やオペレーションノウハウを活用
2-3. カナモト<9678>による地域中堅レンタル会社の買収
- 事例の特徴
北海道発祥のカナモトは、国内外で多数のM&Aを行い、レンタル拠点網を拡大。東北・九州エリアなど事業基盤を広げてきました。 - 期待されるシナジー
大規模プロジェクト(災害復旧や大規模公共事業)への対応力向上、またICT建機やDX対応など先端技術領域に投資する際のスケールメリットが高まる。
第3章:工作機械・産業機械分野の再編と大型買収
日本の機械産業の中核に位置する「工作機械」。ここ数年は海外勢の台頭や需要変動が激しく、国内大手・中堅を巡るM&Aが目立ちます。
3-1. ニデック<6594>(旧日本電産)の攻勢
- 相次ぐ国内外の工作機械メーカー買収
- 2021年:三菱重工工作機械(現ニデックマシンツール)
- 2022年:OKK(現ニデックオーケーケー)
- 2023年:TAKISAWAをTOBで子会社化
- さらにイタリアPAMA S.p.A.を買収
- 2025年には工作機械大手の牧野フライス製作所<6135>にTOBを仕掛け
- 狙い
モーター事業に続く第二の柱として工作機械を位置づけ、一挙に国内主要メーカーを取り込み、「世界屈指の総合工作機械メーカー」を目指す。 - 特徴
- 日本の中堅・大手を次々と傘下に収める短期集中型M&A
- 同意なき(敵対的)TOBを含む積極的買収姿勢
- 既存事業とのシナジー(歯車加工や自動制御技術、EV部品加工の需要など)に期待
3-2. DMG森精機<6141>による中堅工作機械メーカーの子会社化
- 主な案件
- 太陽工機<6164>をTOBで完全子会社化
- 倉敷機械(クラキ)の買収など
- 背景
DMG森精機は世界有数の工作機械メーカー。多品種化によるフルラインナップを構築し、宇宙・航空・エネルギーといった高付加価値市場での需要を狙う。 - シナジー
- 大型門形5面加工機やCNC横中ぐりフライス盤など、自社になかったカテゴリの補完
- 親子上場解消で連携強化、資本関係の明確化によりグローバル戦略を加速
3-3. 上場廃止・MBO事例
- 石井鐵工所<6362>や大和重工<5610>
- 業歴の長い老舗メーカーがMBOを実施し、上場廃止へ
- 中長期的な構造改革や生産体制再編、技術開発投資を行うため、経営スピードを重視
- 川金ホールディングス<5614>やササクラ<6303>
- 同様にMBOで非公開化し、抜本的改革を実施
工作機械業界は技術革新と海外勢との競争が一層激化し、投資回収を長期的視点で行うためには上場廃止を選ぶ企業が増えています。
第4章:半導体・電子部品・ハイテク分野への参入と業態拡張
DXや5G普及などを背景に、半導体・電子部品関連は“産業のコメ”とも呼ばれる一大成長市場。従来の機械専業が、ハイテク分野に参入する動きが活発化しています。
4-1. 明治機械<6334>のIT企業デジサイン買収(2024年11月)
- 概要
明治機械がAbalance傘下の電子認証技術企業デジサインを子会社化。電子署名やセキュリティ技術を獲得し、IT活用による業務効率化・生産性向上を図る。 - 狙い
農業・食品機械を主力とする同社が、デジタル分野の新規事業を取り込み、IoT時代に対応した製品・サービスを提供する体制へ。 - シナジー
- デジサイン技術を使った工場のデータ管理システム開発
- DX支援ビジネスへの展開
4-2. ハーモニック・ドライブ・システムズ<6324>によるハタ研削事業取得(2024年10月)
- ハタ研削は民事再生手続き中
高精度研削加工に強みを持ち、半導体製造装置用部品を供給。ハーモニック・ドライブは同社を救済する形で事業買収を行い、精密部品サプライチェーンを安定化。 - 背景
半導体製造装置市場の需要拡大を踏まえ、加工部品の内製化・安定調達が重要課題。 - 期待される効果
自社の高精度ギヤなどとの組み合わせで、制御機器周辺部品の競争力強化。
4-3. ミネベアミツミ<6479>によるボールねじ事業の買収や航空部品企業の取得
- ツバキ・ナカシマ<6464>のボールねじ・ボールウェイ事業買収
ミネベアミツミは、精密軸受などで世界的シェアを持つが、さらなる部品ライン拡充を狙いボールねじ市場にも本格参入。半導体製造装置・工作機械で需要拡大が予想。 - 航空分野でも積極投資
オーストリアRORAなど、航空機用精密機械加工部品メーカーを買収し、航空・防衛分野への事業展開を強化。
第5章:海外企業の買収とグローバル基盤づくり
ここでは、国内企業が海外企業を買収する動きを紹介します。世界市場で勝つために海外拠点・先端技術を取り込む戦略です。
5-1. 横浜ゴム<5101>による海外タイヤ事業買収
- 米グッドイヤーから鉱山・建設機械用タイヤ事業取得(2024年7月)
横浜ゴムは生産財タイヤ(商用車・建機・農機など)に注力しており、大型タイヤ分野を強化することで収益源を多角化。農機タイヤ大手の海外メーカー買収も相次いで実施。 - 背景
世界規模でのM&Aにより、グローバルな供給網を手に入れ、開発コストを分散。乗用車用タイヤだけに依存しないビジネスポートフォリオを構築。
5-2. セイノーホールディングス<9076>による三菱電機ロジスティクス買収(2024年10月)
- 物流分野の再編例
セイノーHDは国内屈指の物流大手。三菱電機ロジスティクスはエレクトロニクス機器や産業用機械の運搬・保管などでノウハウを有する。 - 狙い
物流業界が2024年問題(働き方改革によるドライバー不足)を迎える中、スケールメリットを追求し、特殊輸送や国際物流力を高める。
5-3. 三井松島ホールディングス<1518>によるジャパン・チェーン・ホールディングス買収(2023年11月)
- 詳細
石炭事業で知られる同社が、産業用ローラーチェーン大手のジャパン・チェーン・ホールディングスを買収。動力伝達チェーン分野は建機・農機など幅広い顧客を抱え、安定収益源として期待。 - 理由
非石炭事業への拡大策を積極化。ローラーチェーンの国内外需要は根強く、グループの資源を投じてさらなる拡販を狙う。
第6章:親子上場解消とMBOによる経営改革
老舗メーカーや中堅企業が短期的な株価や市場評価に左右されずに、中長期的な構造改革を進めたいという目的で上場廃止をする動きが出ています。
6-1. 石井鐵工所<6362>のMBO(2024年8月)
- 背景
ボイラー・水力発電用水圧鉄管などを手がける創業100年以上の老舗が、経営と所有を一体化し、研究開発や組織改革を中長期で進めるためMBOに踏み切った。 - 狙い
事業構造の抜本的改革や海外展開を見据えた機動的な体制づくり。TOB公表前日の株価に大幅なプレミアムをつけて買付が行われるケースが多い。
6-2. 大和重工<5610>のMBO(2024年11月)
- 概要
経営陣が設立したTコーポレーションがTOBを行い、41%程度の株主を下限にTOBを成立させて上場廃止へ。 - 背景
上場維持基準の流通株式時価総額を満たさない状況が続き、投資が限定されるリスクがあった。また、中長期視点での事業改革を優先して非公開化を選択。
6-3. 川金ホールディングス<5614>やササクラ<6303>などの非公開化
- 共通点
- 鋳造やプラント関連など、事業の変革や設備投資が必要な分野
- グローバル競争やコスト上昇に直面しており、早期対応が急務
第7章:その他の注目事例と再編動向
7-1. 農機・建機分野の動向
- クボタ<6326>、インドのエスコーツ買収(2021年)
インド最大級のトラクターメーカーを子会社化し、新興国の農機市場でリーダーシップを確立。 - IHI<7013>とタダノ<6395>などの事業取得・譲渡
IHIが運搬システム事業をタダノへ譲渡し、パーキング事業に集中。タダノはクレーン製品群を拡大し、業容を広げる。
7-2. FA(工場自動化)・ロボットSI(システムインテグレータ)領域
- JRC<6224>による三好機械産業や中村自働機械の買収
食品や医薬などのニーズに対応し、ロボットを活用した自動化ラインを構築。SI分野は人手不足対策や生産性向上で需要急拡大中。 - 大手電機メーカーの物流・自動化機器子会社を買収する動き
DXで生産現場を最適化するソリューションを広範囲に提供できる体制が求められる。
7-3. 機械商社同士の経営統合
- フルサト工業<8087>とマルカ<7594>(2021年10月)
鉄骨建築資材・建設機械・工作機械など広範囲を扱う両社が、共同持株会社「フルサト・マルカホールディングス」を設立。売上高1000億円超規模に。 - メリット
- 商材の相互補完による顧客範囲拡大
- 拠点・物流網の効率化
第8章:M&Aによるシナジーと課題
8-1. 期待されるシナジー
- 技術・製品ラインナップの拡充
重複しない技術領域の相互補完により、総合力アップ。たとえば工作機械のラインナップを横中ぐり盤、マシニングセンター、大型門形機械まで拡張し大口案件受注を狙う。 - 海外販路の拡大
既存企業の現地ネットワークを活用し、北米・欧州・新興国へ参入スピードを加速。高い関税や現地生産要請にも対応しやすい。 - 開発効率化とコスト削減
共通部品・共通設計の導入、開発投資の共同実施により費用削減。グループ内製化や研究リソース分散がしやすくなる。 - 顧客への総合ソリューション提案
建機レンタル大手が地域の中小リース企業を取り込むことで、多彩な機種を安定供給可能になり、顧客ニーズに一括対応する体制が強化される。
8-2. 課題・リスク
- PMI(統合プロセス)の難しさ
経営方針や企業文化、システムをどう統合するかが非常に重要。M&Aの70%以上は統合失敗で十分な成果が出ないという調査も。 - 買収コスト・のれん減損リスク
敵対的TOBや人気銘柄の争奪戦などで買収価格が高騰し、投資回収が長期化するケース。景気後退や想定外の環境変化でのれん減損を計上する可能性もある。 - 事業再編に伴う人員調整
親子上場解消やMBOのあと、ダブついた部門の合理化、希望退職募集などが行われる場合、従業員のモチベーション低下や地域経済への影響が懸念される。 - グローバル規制対応・コンプライアンス
欧米や中国など、進出先の独占禁止法や輸出管理規制に注意が必要。また、統合後の環境規制対応や労働法制に違反しないよう管理体制が求められる。
第9章:今後の展望とまとめ
9-1. 今後の方向性
- 技術革新への迅速対応
AIやロボティクス、DXが浸透し、機械とIT技術の融合がさらに進む。“製造業×IT”のM&A案件が増え、先端技術をもつベンチャーを取り込む動きも盛んになるでしょう。 - 海外展開の一層の強化
アジア・アフリカ・南米など、新たな成長市場への取り組みは必須。そのため各地域での販売ネットワークやサービス拠点を持つ企業を買収し、“現地最適化”を目指す企業が増えるとみられます。 - 事業ポートフォリオ再編・上場廃止の加速
国内市場の成熟化や業種間競合のなかで、生き残りをかけた構造改革は続く見込み。不要不急の事業は切り離し、成長事業に集中する選択と集中が進み、MBOや親子上場解消などが増加しそうです。 - ESG・サステナビリティへの対応
カーボンニュートラルや環境にやさしい製造プロセスが欠かせない時代に。環境対応技術や省エネ設備を持つ企業を取り込む“M&Aを通じたグリーン化”がキーワードとなってきます。
9-2. 総括
本記事で挙げたM&A事例は、機械業界各社が激変する環境の中で生き残り、成長するために「どう事業を拡大・縮小するか」「どの企業と組むのがよいか」を真剣に模索している様子を如実に示しています。
- 例:ニデックとDMG森精機による工作機械大手の買収合戦
大規模買収を次々と仕掛け、製品ラインナップや市場シェアの拡充を推進。国内工作機械メーカーは、巨大資本下で研究開発スピードを上げるチャンスとなり得ますが、企業文化やブランドの扱いにも配慮が必要です。 - 例:建設機械レンタル大手による中堅企業の相次ぐ買収
地域拠点強化やサービス網の拡充など、国内需要を取り込むうえで有効に機能。ICT化や地方の人材不足にも対応しやすくなるメリットがあります。 - 例:半導体・電子分野への機械企業の進出
成長市場である半導体・電子部品製造分野に向けて、部品加工技術や精密製造のノウハウを持つ企業を傘下に収める動きが広がり、サプライチェーンの主導権を握る狙い。 - 例:MBOや上場廃止による事業集中
中堅・老舗メーカーが非公開化に舵を切る理由は、短期的株価に左右されず、中長期の投資や抜本改革を断行するため。製造装置など大きな設備投資を必要とする分野ほど、この選択をしやすいと言えます。
M&Aを成功させるには、買収した後のPMI(統合プロセス)をいかにスムーズに行い、企業文化・人材・技術を生かせるかが重要なカギとなります。また、あまりに高額な買収はのれん減損リスクをはらみ、企業財務を圧迫する恐れもあるため、慎重なリスク管理が必要です。
ただし、こうした課題を克服し、うまくシナジーを引き出せれば、海外競合との戦いに勝ち残る強い企業グループが誕生する可能性があります。日本の機械産業は長い歴史と優れた現場力を持ち、そこへ最新のIT・デジタル技術を組み込んで高付加価値化を図れるかどうかが今後の焦点です。
最後に、企業がM&Aを活用して成長していくためには、「買収に至る戦略の明確化」「統合後のビジョンとマイルストーン設定」「ガバナンス体制・人材育成」の三位一体が必須です。本稿で示した具体例が示すように、機械業界のM&Aは単に規模を拡大するだけでなく、多様なシナジー創出や新市場開拓の鍵となるでしょう。そしてこれらの動きが、日本のものづくりをより強靱かつ持続的な産業構造へと導く原動力になることが期待されます。