第1章 はじめに
水処理機械製造業は、工業用水や飲料水、排水処理など、さまざまな領域で必要とされる機械設備を製造する産業です。人口増加や産業発展によって水資源の利用量は年々拡大しており、さらには気候変動や環境問題などの課題も相まって、水処理技術や設備への需要は今後ますます高まると考えられます。こうした社会情勢に対応し、技術やサービスの幅を広げるうえで、企業が単独で成長するだけでなく**M&A(合併・買収)**という手法を用いるケースが増えてきました。
本記事では、水処理機械製造業界におけるM&Aがどのように行われているのか、またその背景やメリット・デメリット、手続き上のポイントなどを一通り解説いたします。さらに、成功事例や失敗事例を踏まえつつ、今後どのような形でM&Aがこの業界の発展に寄与し得るのかも考察してまいります。
第2章 水処理機械製造業の概要
2-1. 水処理機械製造業の位置づけ
水処理機械製造業は、広義には「水を浄化・処理するための機械・装置」を提供するメーカーを指します。工業用水・飲料水・下水処理・排水・海水淡水化など、多種多様な用途に応じた処理装置が存在し、それらを製造・販売する企業群を総称したものといえます。
水は人々の生活や産業活動に欠かせない資源であり、地球規模で見ても今後さらに需要が増大すると予測されています。一方で、水資源の不足や地域偏在といった問題が顕在化しており、効率的な利用や再利用のために高度な処理技術が求められています。そのため、この業界は公的支援の面でも注目を集めるとともに、産学官連携の研究開発や、ベンチャー企業との協業なども活発化しやすい土壌があります。
2-2. 主要な製品と技術領域
水処理機械製造業では、多種多様な技術や製品が取り扱われています。具体的には、以下のような分野が代表的です。
- ろ過装置(フィルター)
物理的なろ過膜や逆浸透膜など、多層フィルターを用いた濾過技術。 - 沈殿・凝集装置
凝集剤や沈殿槽を用いて、微粒子を大きなフロック(塊)にまとめて沈殿させる技術。 - 活性炭吸着装置
活性炭を利用して有機物や化学物質を吸着・除去する技術。 - 生物処理装置
好気性・嫌気性微生物を活用して有機物を分解する技術。下水処理などで利用される。 - 膜分離装置(MBRなど)
膜バイオリアクター(MBR)など、生物処理と膜分離技術を組み合わせた高度処理手法。 - 消毒・殺菌装置
塩素やオゾン、紫外線照射などによる殺菌技術。飲料水製造や食品工場などで利用。 - 脱水装置
汚泥の最終処理工程で必要となる脱水機械(ベルトプレス、遠心分離機、スクリュープレスなど)。
こうした装置の設計・製造を行うメーカーは、各分野で独自の技術力や特許を持ち、差別化を図っています。また、単一の装置だけでなく、プラント全体の設計・施工・メンテナンスまでを一括で引き受ける「トータルソリューション」型の事業モデルを展開する企業も多いです。
2-3. 市場規模と成長要因
世界的に見ても、水処理関連の市場規模は年々拡大傾向にあります。その主な要因としては、以下が挙げられます。
- 人口増加と都市化
都市圏を中心にインフラ整備の需要が高まり、下水処理や飲料水供給のための設備投資が増加。 - 産業構造の高度化
半導体製造や医薬品など、超純水を必要とする産業が拡大し、高度処理技術への需要が高まる。 - 環境規制の強化
CO₂削減や排水基準の厳格化など、環境規制が強化されることで汚染防止やリサイクル技術への需要が増える。 - 気候変動リスクへの対応
水不足や大雨による水質悪化などのリスクに対処するため、高度な水処理技術が求められる。
特にアジア地域では、経済成長とともに水処理プラントへの投資が積極的に行われており、市場の拡大が著しいです。こうした背景のもと、企業同士の競争も激化しており、M&Aによる事業拡大や技術獲得はますます重要性を増しています。
第3章 M&Aの基礎知識
3-1. M&Aとは何か
M&A(Mergers and Acquisitions)とは、企業の合併や買収を通じて事業領域を拡大したり、新たな技術や人材を獲得したりする手法の総称です。単独での成長(オーガニック・グロース)に比べて、より短期間で経営資源を取り込むことができるため、グローバル競争が激化する現代の産業界では不可欠な経営戦略の一つと位置づけられています。
3-2. 合併と買収の違い
- 合併(Merger):
複数の企業が統合され、一つの企業として存続する形態を指します。企業Aと企業Bが合併する場合、企業Aが存続会社となり、Bが消滅会社となるパターンや、新たに企業Cを設立してそこにAとBが統合されるパターンなどがあります。 - 買収(Acquisition):
ある企業が別の企業の株式や事業資産を取得して支配権を得る形態を指します。買収対象を「子会社化」する場合や、一部の事業だけを切り出して買収する場合(事業譲渡)など、さまざまな形があります。
3-3. M&Aが注目される背景
企業がM&Aに踏み切る理由としては、多様な戦略的・経済的要因が考えられます。特に水処理機械製造業においては、次のような背景が大きいと考えられます。
- 研究開発の迅速化
水処理関連の技術革新を内製だけで行うと多大なコストと時間がかかるため、既に独自技術を持つ企業を買収することで効率的に技術獲得を行いたい。 - 市場シェア拡大
同業他社を買収することで、顧客基盤や販売チャネルを一気に拡大できる。国内外の市場での存在感を高める狙い。 - 海外展開・グローバル化
海外企業を買収することで、現地に既に確立されたサプライチェーンや販売ネットワークにアクセスでき、新興国などへの進出をスムーズに行える。 - バリューチェーンの拡充
水処理だけでなく、関連する設備・薬剤・アフターサービスなど、付加価値を高めるためのバリューチェーンの統合を図るケース。
このように、M&Aは単なる「規模の拡大」だけでなく、技術力やサービス領域の補完、海外進出の足がかりなどさまざまな目的で実施されます。
第4章 水処理機械製造業におけるM&Aの動向
4-1. 業界再編の潮流
水処理機械製造業は世界的に見ても、特定の巨大プレーヤーが存在するというよりも、多数の中堅・中小企業が独自技術を武器に細分化された市場を占めている傾向があります。しかし近年は、以下のような動きにより業界再編が加速しています。
- 大手総合プラントメーカーが中小の専門メーカーを買収し、技術ポートフォリオを強化。
- 外資系企業が日本やアジアの水処理ベンチャーを積極的に買収し、新興市場へ進出。
- 中堅企業同士の合併により、共同研究開発を加速させコスト削減や販売力強化を図る。
これらのM&Aによって、企業規模の拡大や重複する研究開発の効率化が進み、技術や特許を抱える主要プレーヤーが一定の寡占状態を形成する可能性があります。
4-2. 技術獲得型M&Aの増加
水処理機械の技術は、近年ますます高度化・多様化してきています。膜分離技術、オゾンやUV殺菌などの先端的な手法、AIやIoTを活用したモニタリングシステムなど、新技術の開発サイクルが加速度的に短くなっています。こうした状況に迅速に対応するため、企業は技術獲得型のM&Aを推し進める傾向が強まっています。
具体的には、スタートアップやベンチャー企業が開発した革新的な膜材料やセンシング技術などを、大手企業が買収する事例が増えています。大手にとっては新技術を素早く取り込むメリットがあり、ベンチャー側にとっては大手の資本力や販売網を活用できる点が魅力です。
4-3. 環境規制強化への対応
先述したように、各国で環境規制の強化が進むなか、排水基準や下水道設備の義務化などに伴い、急速に処理設備の導入が求められるケースが増えています。特に工業排水においては、有害物質や重金属の処理を厳格に行う必要があり、技術的ハードルの高い処理設備が必要とされるようになってきました。
この需要の高まりに対応するため、クリーンテック企業や化学メーカーなどが水処理機械製造分野へ参入し、さらなるM&Aの候補となる流れも見られます。企業間のシナジーを最大化するため、技術や顧客基盤の相互補完を目的とした買収が活発化しているのです。
第5章 M&Aにおけるメリット・デメリット
5-1. メリット
- 技術・製品ラインナップの拡充
買収や合併を通じて、新たな技術や製品群を自社のポートフォリオに取り込むことができます。結果的に顧客ニーズに対するソリューションの幅が広がり、収益の柱を増やす効果が期待できます。 - 市場シェア・顧客基盤の拡大
M&Aによって相手企業の既存顧客を取り込むことができ、市場シェアの拡大につながります。特に海外企業を買収する場合、ローカルな販売ネットワークやブランド力を一挙に獲得できる利点が大きいです。 - 研究開発コストの削減
相手企業が既に保有している技術や特許を活用できるため、ゼロから研究開発を行うより時間とコストを削減できます。また、合併後は重複する研究開発部門の統廃合により、効率的なリソース配分が可能となります。 - スケールメリットの享受
生産設備や仕入れ規模が拡大することで、材料調達コストの削減や生産効率の向上が見込めます。水処理機械は大型設備も多いため、スケールメリットが大きく働く領域です。 - 経営リスクの分散
製品ラインナップや地域展開が広がることで、特定市場の不調に左右されにくい経営体質を構築できます。事業ポートフォリオの多角化は、リスクヘッジの観点でも有効です。
5-2. デメリット
- 企業文化の衝突
合併・買収後の統合プロセスにおいて、企業文化の違いから人材流出が起こったり、生産現場でのコミュニケーションが円滑に進まなかったりするリスクがあります。水処理機械製造業では職人技や現場独自のノウハウが重要とされる場合が多いため、文化の融合が課題になりやすいです。 - 買収価格の高騰
人気のある技術や有望な市場を持つ企業は、複数の買い手が現れて買収価格が高騰することがあります。過大な費用を投じてM&Aを行った結果、投資回収期間が長期化するリスクがあります。 - 負債や不採算事業の引き受け
対象企業の財務状況や事業内容を十分に精査せずに買収すると、想定外の負債や不採算セグメントが発覚し、グループ全体の収益性が悪化する可能性があります。 - 統合プロセスのコスト増大
組織再編やシステム統合、人材研修など、M&A後のPMI(Post Merger Integration)に多大な時間と費用がかかる場合があります。特に設備産業である水処理機械製造業は統合対象が多岐にわたるため、慎重かつ計画的な統合が不可欠です。 - ブランドイメージの混乱
合併・買収にともないブランド名をどのように扱うかで混乱が生じる可能性があります。既存の顧客や取引先がどのブランドを信頼しているのかを見極めながら、新ブランド策定やブランド統合を進める必要があります。
第6章 企業価値評価・デューデリジェンスの重要性
6-1. 適正な企業価値評価
M&Aでは、買収先企業の「企業価値評価」が肝要となります。水処理機械製造業の場合、工場や設備などの有形資産に加え、特許や技術力、人材のスキル、顧客ポートフォリオなどの無形資産も大きな価値を持ちます。そのため、以下の観点から総合的に評価を行う必要があります。
- 事業の将来性(マーケットの拡大余地)
参入している水処理分野や地域に将来的な成長性が見込めるかをチェックします。 - 技術力や特許ポートフォリオ
競合他社に対して優位性をもつ技術を有しているかどうか、特許の独占性やライセンス収益を見込みできるかなどを確認します。 - 顧客基盤と契約状況
官公庁案件の割合や、長期メンテナンス契約の有無、継続的なサービス収入(ストック型収益)があるかなどを評価します。 - 経営陣や主要人材の継続意向
M&A後もキーパーソンが退職せず引き続き事業を支えるか、または買収側から有能な経営人材を派遣する必要があるかなどを検討します。 - 財務状況や設備の更新リスク
買収企業が抱える負債や、老朽化した設備の更新コスト、環境規制に対応するための追加投資などについて、詳細なシミュレーションを行います。
6-2. デューデリジェンス(DD)のプロセス
M&Aにおいては、買収側が対象企業の真の姿を把握するために「デューデリジェンス(DD)」を実施します。DDでは一般的に財務DD、法務DD、ビジネスDD、IT・システムDD、人事・労務DDなどが行われますが、水処理機械製造業においては以下の点が特に重視されます。
- 技術DD
特許・ライセンスの状況、研究開発プロジェクトの進捗や、製造プロセスの歩留まり・品質管理体制などを詳細に確認します。技術レベルを誤って評価すると、買収後に期待した成果が得られないリスクがあります。 - 設備DD
工場や実験施設、プラントの老朽化状況、保守管理体制、稼働率などを調べます。大規模設備を抱える企業ほど維持費が高額になるため、リニューアルコストも含めた評価が必要です。 - 環境DD
水処理機械製造業では、排水基準や廃棄物処理などの環境負荷への対応が重要となります。また、自社工場だけでなく、製品使用後の環境リスク(顧客先でのトラブルなど)に対する責任範囲についても確認しておくことが望ましいです。 - 顧客DD
官公庁や大手企業との取引が多い場合、入札契約の継続性や、契約上の制約事項について細かく調査します。特に官公庁案件は入札条件が厳格であるため、M&A後に何らかの事情で契約が更新されないリスクを洗い出す必要があります。
デューデリジェンスの結果は買収価格や買収スキームに大きく影響するだけでなく、PMIの進め方やリスクマネジメントにも反映されます。そのため、各専門領域のプロフェッショナルを交えて入念に実施することが欠かせません。
第7章 M&Aのプロセス・スキーム
7-1. 一般的なM&Aの流れ
- 戦略立案・ターゲット選定
自社の経営戦略に照らして、どのような技術・市場を求めるのかを明確化し、候補企業をピックアップします。 - 初期交渉・意向表明(LOI)
候補企業に対して買収や合併の意思を伝え、双方が大筋での合意に至ればLOI(Letter of Intent)を交わします。 - デューデリジェンス(DD)
先述のとおり、対象企業の財務・法務・ビジネス・技術などを詳細に調査します。 - 最終交渉・契約締結
DD結果を踏まえ、買収価格やスキーム(株式譲渡、事業譲渡、合併など)の最終合意を行い、契約書(SPAなど)を締結します。 - クロージング
公的機関への届け出・許認可手続き、株式や資金の受け渡しなどを行い、正式にM&Aが完了します。 - PMI(Post Merger Integration)
組織統合やブランド統合、人事制度の整合などを進め、シナジーを最大化するための取り組みを実施します。
7-2. スキームの種類
- 株式譲渡
一般的な買収形態で、買収側が対象企業の発行株式を取得し、支配権を得ます。 - 事業譲渡
対象企業の特定事業のみを切り出して譲渡を受ける形態です。不要な負債や事業を避けることができますが、取引手続きが複雑になる場合があります。 - 合併(吸収合併、新設合併)
合併後は一つの法人となるため、資本金や資産、負債などを統合しやすい一方、企業文化の融合リスクが高まる側面もあります。 - 株式交換・株式移転
持株会社を設立したり、株式を交換することで支配関係を構築する形態です。現金のやり取りが少ない代わりに、株式の評価が重要となります。 - 資本提携
M&Aほど大きなスキームではありませんが、少数株主として出資し合うなど、協業関係を築く場合もあります。将来的に本格的な買収へ移行するステップとして活用されることもあります。
第8章 外資系企業とのM&A
8-1. 外資の参入状況
水処理機械製造業において、海外の大手企業が日本企業やアジア企業を買収する事例が増えています。特に、欧米や中東の大手企業は豊富な資金力とグローバルネットワークを有しており、新興国の水処理市場を狙って日本企業の技術力やブランド力を取り込む動きが盛んです。
8-2. クロスボーダーM&Aの注意点
外資系企業とのM&A、いわゆるクロスボーダーM&Aでは、言語や商習慣、法制度の相違が大きな障壁となります。以下のようなポイントに注意が必要です。
- 言語・文化面
契約書や各種ドキュメントは英語が中心となりますが、技術資料が日本語でしか存在しない場合など、翻訳コストとコミュニケーションの齟齬が問題になることがあります。 - 法務・税務面
国境を越えた資金移動や会社法上の手続きが複雑化します。相手国・第三国の規制や税制優遇を十分に調査し、最適なスキームを検討する必要があります。 - 人材マネジメント
経営幹部が外国人になるケースや、国際移転価格の設定、従業員の出向・駐在など、人事面で調整事項が増えます。 - 知的財産の保護
海外企業との取引では、特許やノウハウが流出するリスクが伴います。ライセンス契約や秘密保持契約の締結など、厳格な管理が欠かせません。
クロスボーダーM&Aの成功には、現地に精通した法務・会計・税務の専門家を起用するほか、相手企業との長期的なパートナーシップを築くコミュニケーションが重要です。
第9章 中小企業のM&Aにおけるポイント
水処理機械製造業では、中小規模の製造業者がニッチな技術を持っているケースが多く、その企業がM&Aの対象となるシーンも多々見られます。中小企業がM&Aを進める際に気をつけるポイントを整理します。
9-1. 後継者問題と事業承継
日本国内では、中小企業の経営者の高齢化により後継者不在の問題が深刻化しています。特に水処理機械製造業のように専門技術が必要とされる分野では、後継者育成の難易度が高く、事業承継対策としてM&Aを選択する企業も増えています。後継者問題の解決を目的としたM&Aでは、以下の点が重視されます。
- 買収企業側による技術継承プランの策定
- 経営者や従業員の雇用・待遇条件の維持
- 長期的な事業ビジョンの共有
9-2. 企業価値の向上と情報開示
中小企業は財務諸表の開示や内部管理体制が脆弱である場合があります。M&Aを成立させるためには、買収企業が安心して投資できるよう、透明性の高い情報開示と内部統制の整備が不可欠です。
- 月次決算や事業計画の整備: 買収先企業にとって判断材料となるレポーティング体制を構築する。
- 内部統制や品質管理の可視化: 製造プロセスや品質管理の仕組みをマニュアル化し、第三者が見ても理解できる状態を目指す。
9-3. 経営者の意識改革
中小企業の経営者が長年培ってきた独自のノウハウやリーダーシップスタイルを手放すことに抵抗を感じる場合も少なくありません。しかし、M&A後のシナジー効果を最大化するためには、買収側と共同で新たな経営スタイルを模索する柔軟性が求められます。特に職人や研究者が多い企業では、現場主導の意思決定プロセスが根付いているため、経営者自身が意識改革をリードすることが重要となります。
第10章 M&A後の統合(PMI)・シナジー創出
10-1. PMI(Post Merger Integration)の課題
M&Aを成功させるには、買収・合併後の統合プロセスであるPMIを適切に進めることが重要です。統合が失敗すれば、せっかくの買収が「高額な買い物」で終わってしまうリスクがあります。特に水処理機械製造業では、製造現場・研究開発・営業・アフターサービスなど複数の部門が密接に連携する必要があり、PMIで以下のような課題に直面しやすいです。
- システム統合
ERPや在庫管理システムなどのITインフラが企業ごとに異なる場合、統合に時間と費用がかかる。 - 品質管理・製造プロセスの統合
工場ごとに品質基準や工程管理が異なり、合併後の新基準をどのように設定するかが問題となる。 - 研究開発の方向性の調整
研究テーマや予算配分をどう最適化するか、開発ロードマップを一本化する作業が必要。 - ブランド統合
BtoB企業であっても、特定のブランドを長年愛用する顧客が存在するため、ブランドの扱いには慎重な意思決定が求められる。
10-2. シナジー創出の事例
PMIがうまく進めば、以下のようなシナジー効果が得られます。
- 共同開発によるイノベーション加速
お互いが得意とする技術領域を融合させることで、より高性能な膜分離装置や省エネルギー型の機械開発が可能になる。 - グローバル市場へのアクセス
海外企業を買収した場合は現地の販売網を活用でき、国内企業同士の合併でもそれぞれが持つ地域顧客網を相互利用できる。 - コスト削減
資材の共同調達や工場・物流拠点の再配置により、原価率や物流費の削減が期待できる。 - 人材育成・交流
互いの企業文化やノウハウを共有し合うことで、新たなスキルやノウハウが生まれ、従業員のモチベーション向上にもつながる。
第11章 成功事例・失敗事例
11-1. 成功事例
事例A: 大手プラントメーカーによる水処理ベンチャー買収
大手プラントメーカーが、先端膜材料を開発するスタートアップを買収した事例では、買収後に研究開発チームが統合され、大幅なR&Dコストの効率化を実現しました。新素材を活用した次世代ろ過装置の開発が進み、既存顧客だけでなく新規顧客の獲得にも成功したと報じられています。
事例B: 中堅同士の合併による総合力強化
中堅規模の水処理装置メーカーAと、薬品供給に強みを持つ企業Bが合併することで、装置製造から薬剤供給、メンテナンスまでワンストップで提供できるサービスを構築しました。顧客にとっては利便性が高まり、合併後の数年で売上高が飛躍的に伸びました。
11-2. 失敗事例
事例C: カルチャーショックによる人材流出
外資系企業が日本の老舗メーカーを買収したものの、外資流の成果主義や英語中心のコミュニケーションに現場がついていけず、ベテラン技術者が大量に退職。結果的にノウハウを継承できず、主力製品の品質低下や開発遅延につながってしまいました。
事例D: 過大評価による買収失敗
特許を多数保有している企業を高値で買収したものの、市場ニーズとミスマッチが発覚。実際には特許の多くが実用化のハードルが高く、買収価格を正当化できる収益を上げられなかったケースです。買収企業は巨額の減損処理を余儀なくされ、経営が不安定化しました。
第12章 今後の展望と戦略
12-1. DX(デジタルトランスフォーメーション)との融合
今後の水処理機械製造業では、IoTやAIを活用したスマート工場、リアルタイムモニタリング、遠隔操作・保守などのサービス分野が一層拡充されると考えられます。デジタル技術に強みを持つ企業や、クラウドサービスを提供するIT企業とのアライアンスやM&Aが進むことで、水処理プラントの稼働効率化やメンテナンスコスト削減が期待されます。
12-2. サステナビリティの追求
SDGsやESG投資の観点から、水資源の有効活用や循環型社会の実現はグローバルな課題となっています。水処理機械製造業も環境負荷低減や省エネルギー技術の開発に取り組むことが求められ、その手段としてのM&Aが今後さらに活況を呈する可能性があります。
12-3. 地域連携・官民連携
自治体が運営する上下水道施設の老朽化や、人口減少地域での効率的な水処理システムの構築など、地域課題を解決するための官民連携が進むとみられます。公的機関と民間企業が合同でSPC(特別目的会社)を設立する事例も増えており、その過程で企業同士のM&Aが行われることもあります。
12-4. グローバルプレーヤーの台頭
アジア・アフリカ・中南米などの新興国市場では、経済発展とともにインフラ整備が急務となり、水処理機械への需要が大幅に増加しています。既存の欧米系大手企業だけでなく、中国やインドなどの企業が水処理分野で台頭し、日本企業の買収や合弁を積極的に推進する動きも見られます。今後は一層グローバルなM&A戦国時代が訪れるでしょう。
第13章 まとめ
水処理機械製造業におけるM&Aは、技術力や市場シェアの拡大、環境規制への適切な対応、さらには経営者の高齢化や事業承継問題の解決策として重要な役割を担っています。人口増加や気候変動、産業高度化などによって水処理のニーズはますます高まると見込まれ、この業界が果たす社会的意義はますます大きくなるでしょう。
一方で、M&Aは「買って終わり」ではなく、デューデリジェンスや**PMI(統合プロセス)**などをしっかりと計画・実行してこそ、真のシナジーを得ることができます。企業文化の違いや技術評価の難しさ、経営リスクの分散・吸収など、乗り越えるべきハードルは少なくありませんが、長期的な視点を持ち、周到な準備を行うことでM&Aを成功に導くことが可能です。
特に水処理機械製造業では、ニッチな技術や専門ノウハウを持つ中小企業が数多く存在し、彼らとのM&Aやアライアンスを通じて産業全体のイノベーションが推進されていくことが期待されます。グローバル市場の拡大に伴い、外資系企業との提携や買収も増えていくため、語学や法務・税務などの国際的な要素にも対応できる体制づくりが必要です。
今後は、SDGsやESG投資の流れを受けて「水資源をいかに持続可能な形で活用していくか」という視点がさらに重要になります。排水処理や資源再利用技術が進むなかで、水処理機械製造業はますます多様化・高度化し、それを取り巻くM&Aもより戦略的・複雑化していくでしょう。企業は自社だけの成長に限界を感じたとき、あるいは積極的に技術や市場を取り込みたいときに、M&Aという選択肢を活用することが効果的です。
総じて、水処理機械製造業のM&Aは今後も活発化することが予想されます。企業経営者や投資家にとっては、正確な情報収集と専門家のサポートを活用し、慎重かつ大胆に決断を下すことが求められるでしょう。技術革新のペースや国際情勢の変化が激しい時代だからこそ、臨機応変な戦略の見直しと継続的なアライアンス形成が鍵を握ると言えます。
以上、水処理機械製造業におけるM&Aの概要から成功・失敗事例、今後の展望までをまとめました。本記事が、皆さまの経営戦略や投資判断、業界理解の一助となれば幸いです。もし具体的なM&Aを検討される場合は、専門家のアドバイスを受けながら、事業計画や目指すビジョンに沿ったかたちで進めていただきたいと思います。今後も水処理機械製造業とM&Aの動向に注目しながら、各企業が持続可能な成長を続けていくことを期待します。